About

London Japanese RFC

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LJRFC’s badge, featuring two cherry blossoms

London Japanese RFC is a social but very active rugby club based in London. We enjoy a series of friendly matches and tournaments throughout the season, welcoming players of all backgrounds.

The team meets every Saturday, either for training or for matches. Training is held in Regent’s Park and matches are held at the team’s home ground at Wasps FC, Twyford Avenue Sports Ground.

The team was founded in 1979, starting with training in Regent’s Park. Its first official match and season started in 1981. The team’s first captain was the late Hiroaki Shukuzawa, a scrum half who was capped by Japan and went on to become head coach.

Other famous members of the team include the late Seiji Hirao (“Mr. Rugby”) who received 35 caps for Japan and later also acted as coach for the national side. Hirao represented Japan in three world cups and acted as captain in Japan’s first win at a world cup against Zimbabwe in 1991 (Japan would not win another game at a world cup until their famous victory against South Africa in 2015!).

The team celebrated its 40th anniversary in 2019 with a special tour to Japan, the year it hosted the Rugby World Cup!

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The club in the 1980s

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The club in 1992 (the blue and white jersey was changed for red and white in 1996/7)


始まりは、中華街での歓迎会と、ピカデリーサーカスの、とあるパブ。

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二つの桜の花が咲くLJRFのエンブレム

1979年10月、リコーの駐在員としてロンドンにやってきた、水谷眞さん。「リコーの水谷と言うより、ラグビーの水谷、と言った方が通りが良かった」と当時を振り返る。ラグビーワールドカップが日本で行われる2019年、ロンドンジャパニーズRFCは、創立40周年を迎える。かつてこのチームでプレーした選手には、元代表選手など、日本ラグビー界の伝説に残る名前がズラリ。しかしながら、草ラグビーチームとして、メンバー同士や、対戦相手も含めた関係者との交流と友情を、常に大切にする。チームの誕生も、ラグビーを通じた、そんな仲間同士の繋がりからだった。

「リコーの水谷が、駐在でロンドンにやってきた」。現在もロンドンで居酒屋・酔処を営む、渡辺昇さんが声を掛けて、水谷さんの歓迎会が行われた。今でも、気さくな居酒屋の大将として、常連客のあいだでも人気者の渡辺さん。日本人のラグビー仲間がロンドンへやってきたと聞き、早速歓迎会の音頭を取った。

中華街のレストランで行われた歓迎会に集まったのは、故・宿沢広朗さん(早大卒/住友銀行勤務)、内藤さん(上智大卒/JETRO勤務)、藤川さん(同大卒/Chase銀行勤務)などの、往年の名選手たち。異国の地で、「よく来たね」といって歓迎してくれる仲間たちの顔を見て、ほっとしたと言う水谷さん。当時を思い出しながら懐かしそうに話す水谷さんの笑顔には、人柄の良さが自然とにじみ出る。

異国の地で暮らすこの日本人ラガーたちは、週に一度、ピカデリーサーカスのとあるパブに集まり、パイントグラスを傾けていたという。ちなみにこのパブ、今は無くなってしまったが、駅前にあるスポーツ用品店、リリー・ホワイトの地下にあったという。

当時は、ラグビーがまだ厳格なアマチュアスポーツであった時代。水谷さんや宿沢さんなど、日本代表キャップを持つ往年の名選手たちも、皆サラリーマン。このパブでビールを飲みながら、お互いの仕事を助け合う話しを纏めていたという。その他にも、色々と日本人がこのパブに毎週集まっているうちに、せっかくだから、ラグビーを一緒にやろう、という話しになった。こうして、ロンドン・ジャパニーズRFCは誕生した。初代キャプテンは宿沢さん。練習場は今も変わらぬ、リージェンツパークのロンドン動物園近くの、あの広い空き地。初めての練習が行われたのは、1979年のある秋の日だった。

集合時間にしっかりと練習場へやってくる人、いつも遅れてくる人。日本のトップレベルでのプレー経験がある人たちも、リラックスした雰囲気で、ラグビーを楽しんだ。リージェンツパークのすぐ近くのマンションに住んでおり、自宅のベランダから練習場が見えたという初代キャプテンの宿沢さんは、「皆が練習に集まったのを見てから、家を出ていた」との逸話も。日本代表経験者から、初心者まで集まったチームは、うるさいことを言わずに、とにかく楽しむことをモットーとした。

こうしてスタートしたチームだったが、やはりラグビーチームである以上は、試合をやりたい。水谷さんが、とある飲み屋で居合わせた、商船三井船舶の駐在員でラガーマンである、佐々木さんとそんな話をした。これがキッカケとなり、ロンドン・ジャパニーズRFCの最初の試合が組まれた。対戦相手は、1881年設立、ロンドン南部を本拠地とする、エプソムRFC。佐々木さんの自宅の近所に、エプソムでプレーするラガーマンがおり、この繋がりから、試合が組まれた。水谷さんの計らいで、リコーがスポンサーとなり、ジャージ、短パン、ソックス一式も揃えた。記念すべきチーム最初のジャージは、白地に紺の段柄ジャージだった。

試合が決まったことにより、練習に人も集まりだし、メンバーたちも盛り上がった。結果は負けてしまったが、宿沢さん、水谷さんなど往年の名選手のトライを含め、5トライを挙げて面目を保った。1981年4月4日のことである。

この日から、チームは数え切れない程の試合を戦い、そしてラグビーを通じて、多くの人との繋がりを築いてきた。異国の地で、ラグビーを通じた人の縁から生まれたチームは、その後、更なる人の縁を生み、今も活発なアマチュアラグビーチームとして、活動を続けている。

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1980年代の様子

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1992年の様子(青と白のジャージは、1996/7シーズンに赤と白へと変更された)。